近松物語

いつだったか
溝口健二監督の「近松物語」を
観た時の、あの感動は忘れられない。

なんと鮮烈で
なんと美しい映画だろうか。

運命の糸にぐるぐると
巻き込まれてゆくふたり。
愛し愛されることの
儚さと激情と痛みを
どこまでも美しく厳しく描いている。

茂兵衛役の当時のスター、長谷川一夫と
それに劣らぬ、おさん役の香川京子が素晴らしい。

主従関係が少しずつ少しずつ壊れていき
最後は、愛し合う男と女となって
刑場に引かれていく。その死に場所へと
向かう馬上での二人の美しさには
思わず息をのんでしまう。

峠の茶屋から逃げようとする茂兵衛
(長谷川一夫)をおさん(香川京子)が
痛む足を引き摺りながらも
「茂兵衛~~~茂兵衛~~~~~!」
と駆け降りる名シーン。
その何かにとりつかれれたように
急斜面を駆け降りるおさんの姿は、
まるで、堰き止めてあった水が
一気に溢れ出るように、
不思議なエネルギーと生命感に満ちている。

溝口の独特のロングショットに、
心臓に氷の矢が刺さってくるような、
早坂文雄のその鋭い音楽とリズムが、
美しい映像をさらに引き締める。

溝口監督は、演出するときに、
細かい指図はいっさいなく、
俳優の質問には、
「演技をするのが役者の仕事でしょう。
自分で考えてください」という
意味のことを答えていたという。
俳優に与えられた演技指導の言葉は
いつも「反射してください」だった。

俳優ひとりひとりに、その演技を
ある意味で任せていた溝口の発した
この、「反射」という言葉は
妙に、すとんと、私の心に入ってくる。
普段楽譜を読んで、楽器を
きこきこ弾いてあーでもない
こーでもないとやっているからだろうか。

台本を読んで感じたことを
反映させるでも、表現するでもなく
「反射する」こと。

ガラスや鏡が、太陽の光を
反射させるように、まっすぐと。
そのままの美しさ。

だからこそ、溝口の作品に
出てくる登場人物たちは、これほど、
透明な美しさを持っているのだろうか。

あのゴダールが、「好きな映画監督を3人あげて?」
との質問に「ミゾグチ、ミゾグチ、ミゾグチ」
と答えたほどで、フランスでは、今でも
評価が特に高いという。

小津安二郎にしろ、まったく
日本の昔の映画はすごかったんだなぁ。

雨月物語

山椒大夫

虞美人草

今日の言葉*
「電車の中でも、町を歩いていても、
人間を見て観察したら、
その人の生活、職業、家族まで考える。
それがわかることによって演出は始まるのです。
絶対盗みなさいとは言われません。
教われとおっしゃいました。
教わったものには感謝の気持ちが残りますが、
盗みには感謝はありません。
これは役者さんにもよく言われてました。 」
(宮嶋八蔵/ 助監督)